技能実習生をはじめとした外国人労働者を受け入れるにあたり、多文化共生と国際交流が促進されるというメリットがあります。文化や価値観の多様性が会社、ひいては社会全体に広がることで国際的な交流が進み、外国人とのコミュニケーションをとおして国際理解を深めることができます。

 このようなメリットがある一方で、問題が後を絶たないことも事実です。外国人労働者、特に技能実習制度を活用した外国人労働者の受け入れにおいて生じている問題事例として、最も懸念されている方が多くいらっしゃるものは「技能実習生の失踪問題」についてではないでしょうか。

 令和5年ににおける技能実習生の失踪数は9,753人(出入国在留管理庁HPより)であり、これまでで最も多い数字となりました。国別でみると、1位はベトナム国籍の技能実習生で5,481人、2位はミャンマー国籍の技能実習生で1,765人と続いております。特に、2位のミャンマー国籍の技能実習生については、前年の失踪者数607人から約3倍にも増えていることが特徴的だと言うことができます。

 技能実習生が失踪した際には、技能実習実施困難時届出(以下、困難時届出とする。)というものを提出します。困難時届出を提出してから3か月以内に所在が明らかになった元技能実習生は、通常では失踪者数の20%前後であります。

 しかし、ミャンマー国籍の技能実習生については、失踪した1,765人の元技能実習生のうち、1,739人が技能実習実施困難時届出受理後3か月以内に所在が明らかになっており、他の国籍の元技能実習生とは比べものにならないほど、ほとんどの失踪者の行方が判明しております。これは、ミャンマーの本国の情勢を鑑みた緊急措置である在留資格「特定活動」への変更許可申請が可能であり、当該申請の大多数が許可されていることが背景として挙げられます。

 ただ、こちらの緊急措置を悪用する失踪者が存在するのも事実です。そこで、この緊急措置が悪用されるのを防ぐべく、残余の在留期間がある失踪者に対しては技能実習の継続が困難である理由について、本人、実習実施者及び監理団体に説明を求める等して運用が見直しされるようです。

 とは言いつつ、新型コロナウイルスによる渡航制限が解除された後は、失踪者数が年々増加傾向にあります。先述のように、令和5年における技能実習生の失踪者数は歴代最多の9,753人となり、増加の一途をたどっていくばかりであります。

 本コラムでは技能実習生の失踪問題にスポットを当て、失踪の原因として多く挙げられているものと失踪を未然に防ぐための対策について紹介いたします。

技能実習生が失踪に至ってしまう主な原因

労働環境

 技能実習生が失踪をしてしまう原因の最たるものは、【過酷な労働環境】です。長時間労働や賃金・残業代の未払い、技能実習計画外の作業を強いられるなど、不当な扱いを受けたために失踪をする技能実習生が後を絶ちません。

特に多く見受けられるものが、賃金に関する各種問題です。

  • 最低賃金を下回る給与の支払いによる最低賃金違反
  • 契約内容とおりに給与が支払われない契約賃金違反
  • 賃金から不当な控除がされている場合

などが例としてあげられます。計算間違いによる未払いについても未払い扱いとなりますので、注意が必要です。

 入国前に説明を受けた雇用条件と実際の条件や環境が異なる場合、失踪につながるケースもありますので、入国前と着任後の雇用条件を照らし合わせ、相違がないか確認をすることも重要となります。

 また、長時間労働や残業時間の不正等も失踪を誘発する原因の一つです。日本人に比べ、収入を得るために残業を好む技能実習生は多いですが、36協定に違反しての長時間労働をさせることや、残業時間数を不当に短縮するなどは決してせず、適切な労働時間の管理が求められます。

 余談ですが、残業について少しお話をさせていただきます。技能実習制度における主たる目的は、【技術の習得・技術の移転】であることから、基本的には残業は必要ではないと考えられます。

 しかし、受注量の増加等によって技能実習生も残業をしなければならない場合があるかと存じますので、その際には労働基準法及び36協定に準じていただきますようお願いいたします。1か月の残業時間が45時間を上回った場合には、必ず各監査担当へお伝えください。

人権侵害

 一部の企業においては、労働条件に係る虚偽の説明、暴力やセクシュアルハラスメント、旅券や在留カードなどの身分証明書や金品を企業にて埠頭に預かるなど、技能実習生の人権を侵害する問題が発生しております。

 特に、技能実習生への暴力問題については失踪へ直結します。「指示がとおらなかったから。」「重大な事故に繋がりかねないミスであったから。」など、事情は様々であると推察いたしますが、いかなる理由であっても、100%技能実習生に帰すべき責任があっても、暴力等の身体的指導は認められません。

技能実習制度の悪用

 一部の企業では、技能実習生を単なる【安価な労働力】として利用し、教育や技術習得・技術の移転を目的とせず、労働力を確保することだけを目的として技能実習制度を悪用するケースが存在します。

 技能実習生の失踪に繋がる原因を生じさせないために、我々のような監理団体が存在しているわけですが、企業様におかれましても今一度、技能実習生に対して不当な仕打ちをしていないか、条件を順守した労働環境を整えられているかなどに注意を払っていただきたく存じます。

失踪の勧誘

 近年、ほとんどの技能実習生がスマートフォンを所持しており、SNS上で本国の家族や友人のみならず、在日している見ず知らずの同国籍の方と関わりを持つことが容易になっています。

 こうしたSNS上のネットワークは、縁もゆかりもない日本で実習をするにあたって生じる不安な気持ちを和らげる一方で、SNS上には「稼ぎの良い仕事を紹介できる」などと称した「失踪勧誘サイト」が存在します。

 この「失踪勧誘サイト」には、技能実習生の平均的な給与条件を上回る金額が記載された求人情報が掲載されており、真面目に実習に励む技能自習生に失踪を促そうとしております。

 しかし、「失踪勧誘サイト」に掲載されている求人は虚偽の情報であることがほとんどで、労働環境や寮の設備が劣悪である、給与が支払われないなどのトラブルが相次いで生じています。

 「失踪勧誘サイト」のような悪質なブローカーのみならず、既に失踪した元技能実習生からの勧誘によって新たに失踪する技能実習生も多くいます。

 プライベートに干渉しすぎることはよくありませんが、技能実習生の友人関係や交流関係には注意しなくてはなりません。

失踪の予兆と対策

 技能実習生が失踪を試みている場合、その予兆として何かしらの変化を伴うことが多く見られます。まずはその変化に気づくことが、失踪を防ぐためのポイントとなります。主な変化や予兆は、下記のとおりです。

  • 休日に、同僚の技能実習生や日本人職員が聞いたことのない人物と面会することが増える。
  • 一時帰国の相談が頻繁に寄せられる。
  • 業務態度や生活態度が突然悪化する。
  • 給与の前借りやお金を貸してほしい旨の相談が寄せられる。

 余談ですが、技能実習生が失踪してしまえば、たとえ実習実施者に非がない場合でも、優良な実習実施者か否かの判定に大きく影響します。優良な実習実施者の基準については、6割以上の点数(120点満点で72点以上)が必要ですが、3年以内に実習実施者の責めによるべき失踪があった場合は、その時点で優良判定は受けられません。

 そのためにも、企業様におかれましては技能実習生が失踪する原因となってしまわぬように注意していただかなければなりません。

 また、企業様に帰すべき責任がなくとも、技能実習生の失踪を未然に防ぐべく、下記のように対策をしていただきたく存じます。

程よい距離感を保った関係性を築く

技能実習生と実習実施者の距離感について、当然のことながらあまりにも遠すぎるのは問題ですが、近すぎてもトラブルに発展してしまう可能性があります。

 ご家族と離れて縁もゆかりもない国で実習に励む技能実習生を気にかけていただくことは、監理団体としてもたいへんありがたいかぎりですが、過度に心配し干渉しすぎてしまうとそれを「拘束されている」と感じてしまう方もいらっしゃいますので、監理団体を交えて話をするなどして、程よい距離感を保っていただくことが重要です。特に実施していただきたいことは

  • 実習や日本の暮らしには慣れたか
  • 今、実習内容で分からないことはないか
  • 分からない時に質問できる日本人職員がいるか
  • 質問した際にきちんと教えてもらえているか

など、実習に関する何気ない話題でありながらも、具体的な質問を技能実習生に対して投げかけることです。抽象的な質問だと日本語での返答の仕方に困ってしまい、大丈夫ですとしか返答できないことがほとんどですので、具体的な質問を実施しましょう。

 また、企業様に直接言いにくいことや日本語では上手く伝えられないことについては、監理団体も交えて三者で面談を実施することで話していただけることが多いです。母国語での面談を希望している技能実習生がいらっしゃいましたら、その旨監査担当までご相談ください。

 万が一、技能実習生が失踪してしまった場合には、すぐに監査担当へご連絡いただきますようお願いいたします。

 失踪した技能実習生については、在留期限が過ぎて不法残留となってしまえば出国命令制度によって本国へ帰らなければならなくなり、1年間は日本に入国することができなくなります。出国命令制度を利用できない場合には、退去強制手続によって本国へ強制的に送還され、5年間は日本に入国することができなくなってしまいます。

 不法残留に加えて何かしらの罪に問われていた場合も、退去強制手続によって本国へ強制的に送還されることとなりますが、その場合には半永久的に日本に入国することができなくなります。

まとめ

 報道番組やネットニュース、新聞で取り上げられている外国人労働者の問題については、不法就労や賃金の未払い、失踪や犯罪に関与したなどネガティブな内容がほとんどを占めています。これらは間違いなく日本国内で生じた事実であり実態です。

 しかし、技能実習制度を活用して外国人材をお受け入れいただいている企業様からは、「技能実習生が来てくれたおかげで社内に活気があふれるようになった。」「懸命に実習に取り組む姿や頑張って日本語で話をしてくれる姿を見て、初心を思い出すことができた。」など、大変ポジティブなお声を多数いただいていることも事実です。

 実習実施者にとって、外国人労働者の受け入れは企業に新しい風を吹き込む要因となり得ます。また、技能実習生にとっても縁もゆかりもない国で技術を学び、生活を送るという経験は何にも代えがたく、生涯忘れることのない経験として残り、帰国の際には涙を流して企業様との別れを惜しむ方々が多くいらっしゃいます。

 技能実習制度を上手く活用することができれば、実習実施者・技能実習生双方にとって非常に良いものとなります。双方にとって何もメリットのない失踪問題を生じさせないためにも、変化に気が付くことができる環境を整え、程よい距離感を保って良好な関係を築いていただければと思います。